ボクの嫁 私の嫁 〜その11

星乃さんとの思い出。スキLv.4です。



星乃さんが転校する。1週間後の学園祭が最後の日とのこと。
理由は親の転勤で引っ越しをしなくてはならず、
以前と違い、新たな引っ越し先は輝日南から遠く離れた街のため、
転校をしなくてはいけないらしい。
この話をさきほど聞いた。
急な話でにわかには信じがたかった。
だが、本当のことで、1ヶ月前から転校が決まっていた。


星乃さんは転校のことを話してしまうと、皆が気を遣うと思って話さなかったらしい。
最後の1ヶ月をいつも通りに過ごしたい。
星乃さんらしい願いだった。
だから、新たに思い出づくりを、皆の記憶に残るようなことをしよう、
私がそう言っても星乃さんは賛同してくれなかった。
ただ「内緒にしてほしい」一言、そうお願いした。


ショックだった。
お互いによく知らない関係から親しくなって、仲良く話ができるようになった…
たわいない話をして、くだらないことで笑って、同じ時間を過ごして…
それだけで満足だったし、こんな関係がいつまでも続くと思っていた。


だけど、転校してしまう。遠くに行ってしまう。もう会えなくなってしまう。
もう二人で楽しい時間を過ごせない。
そう思うと、妙に心にぽっかり穴が空いてしまったかのようだった。


なんでだろう?
ついこの間まではよく知らなかったのに、
今では会えないというのが、関係が途絶えてしまうのがツラい。
考えただけで、胸が締め付けられて、息ができないくらい苦しい。
不思議だった。


あれ?じゃあ、星乃さんはどうなんだろう?
私は星乃さんが転校してしまうのはとてもツラいことで、こんなにも苦しくなる。
星乃さんは?星乃さんはどう思っているの?
これまでずっと星乃さんと話してきたけど、転校するそぶりなんか見せなかった。
私だったら、皆と離れ離れになるなんて、嫌だし、平然と過ごせない。
現に星乃さんと離れ離れになることも、こんなにも苦しく感じる。
星乃さんは…離れても平気なの……?
そして、私と会えなくなっても……。


星乃さんを駅まで送って…いつの間にか帰宅していた。
ご飯は食べたのかな?お風呂は入ったのかな?よく覚えていない。
ぼーっとしてた。
ベッドで横になっていると、机の上に1冊の本が目に入った。
星乃さんが貸してくれた本だ。
私はそれを手に取り、もう一度読み始めた。
転校までに星乃さんに返すため、というのもあるが、
星乃さんがこの本で何かを言いたいのではないか、そう思ったから。
星乃さんの気持ちを知りたかった。



次の日。寝不足だった。本も途中までしか読めていない。
午前中は何とか乗り切れたが、午後はさすがに限界だった。
やむを得ず、午後の授業は保健室で休むことにした。
ベッドに入るなり、私はすぐさま深い眠りに入った。


気付くと放課後だった。
こんな時間まで誰も起こしには来ないとは……。
笑うしかなかった。


保健室の先生が見当たらなかったので、そのまま退室した。
案の定、教室は誰もいなかった。
誰もいない教室はむなしさを感じる。
私の机の上だけ教科書やら何やら置いてある。
……そうか、学園祭1週間前だから、ほとんど部活が休みなのか。
サッカー部など、学園祭に親善試合がある部活を除いて、
ほとんどの部活が学園祭準備のため、休み期間に入っていた。
まあ、明日か明後日には
学園祭で使う教室の飾りつけやらの準備で放課後はにぎわうであろうが。


さっさと帰ろう。
鞄に荷物を詰め込んでいると、まだ残っている鞄があるのに気付いた。
誰の席か、確認するまでもない。星乃さんの席だった。



校内を探索していると、やっとの思いで星乃さんを見つけた。
星乃さんはプールサイドで一人水面を見つめていた。
こういうとき、物音をたてずに過ごせればいいが、
プールの扉を開ける音で気づかれてしまった。
「どうしてここにいるの?」
そう聞かれると答えようがなかった。
「星乃さんに会いたくて…」その言葉が出なかった。


しばらく水面を二人で眺めながら、ぽつりぽつり、言葉を交わしていた。
話によると放課後まで私が寝ていたのは
起こしに来た星乃さんが気持ちよく寝ている私を起こしたくなかったため、らしい。
謎が一つ解けた。
でも、私が知りたいのはそんなことではなかった。
こんなにも胸の中は言いたい事、聞きたい事、伝えたい事、
たくさん、たくさんあるのに、それを口に出すことができなかった。
言葉にすることができなかった。


気付けば、無言の時が流れていた。


ふいに星乃さんがつぶやいた。


「ね……泳がない?」


一瞬意味が分からなかず、驚いた。
どうやら、もうこのプールで泳ぐ機会はなく、
どうせなら最後に泳いでみたい…とのことだった。
ちょうど私も星乃さんも水泳の授業があったので水着を持っていた。



部活が休みのせいで水泳部がいないプール。
人気のないプール。
私と星乃さんだけのプール。
二人だけでプールを泳ぐと、いつものプールも広く感じた。


端から端まで二人でゆっくり歩いていると、
真ん中付近で深くなっているので
星乃さんの足がつきにくく、立つのもやっとの状態になった。
星乃さんは私の肩につかまり、私は星乃さんに肩をもった。
星乃さんとの距離はほんのわずかだった。
今、目の前に星乃さんがいる。
私は星乃さんの気持ちが知りたかった。
私は星乃さんに伝えたい気持ちがあった。
なのに何も言えない。
ただただ愛しさだけが募っていく。


星乃さんの肩を持っていた手が背中に回る。
ほんのわずかだった距離がより近づく。
冷たい水の中で、星乃さんの体温が体中で伝わる。
こんなにも近くにいるのに、離れていってしまう。
考えるだけで、また胸が苦しく、ツラくなった。
なんでそんな気持ちになるのかは分からなかった。


「キス……していい…?」


抑えきれなかった。
星乃さんは小さくうなずき、目をつむった。


3度目のキスをした。


それは、ほっぺたでもなく、おでこでもなく…。


星乃さんは泣いていた。
私はその涙を拭おうとしたが、あとからあとから涙は流れていた。


「私も……」


泣いていて、その続きは聞き取れなかった。
だけど、言わなくても分かった。充分伝わった。





1週間後。学園祭の日を迎えた。


つづく。


その10
その12



星乃さんのそばにいたい……!